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最高裁判所第二小法廷 昭和58年(あ)476号 決定

本店所在地

埼玉県大宮市北袋町一丁目二九九番地八

株式会社コスモス

右代表者代表取締役

堀口昭一

本籍

鹿児島県肝属郡東串良町川東三九六五番地

住居

埼玉県大宮市北袋町一丁目一九〇番地の二

平和台マンションA四二五号

会社役員

堀口昭一

昭和一七年七月一〇日生

右の者らに対する法人税法違反各被告事件について、昭和五八年二月一四日東京高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人らから上告の申立があったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件各上告を棄却する。

理由

弁護人三好徹、同内藤満、同吉田康の上告趣意は、単なる法令違反、量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 宮崎梧一 裁判官 木下忠良 裁判官 鹽野宜慶 裁判官 大橋進 裁判官 牧圭次)

○上告趣意書

被告人 株式会社 コスモス

被告人 堀口昭一

右被告両名に対する法人税法違反被告事件についての上告の趣意は左記のとおりである。

昭和五八年五月一八日

右弁護人弁護士 三好徹

同 内藤満

同 吉田康

最高裁判所

刑事部第二小法廷 御中

第一点原判決には、明らかに判決に影響を及ぼすべき法令適用の誤りがある。

一、 本件公訴は法の下の平等に違反し、検察官の裁量を逸脱した濫用に渡る違法なものであって刑事訴訟法三三八条四号に基づき棄却すべきものであるから同法四一一条一号に基づいて原判決の破棄を求める。

二、 本件は、〈1〉株式会社コスモス(以下、被告会社という)が急激な事業規模の拡大に比し経理処理体制が不完全であり、被告会社の代表取締役である被告人堀口昭一(以下、被告人堀口という)は営業第一主義を して従業員にも専ら前向きの仕事に専念するよう指示し、自らも営業活動に専念していたので、経理、税務は会計顧問である松井弘税務会計事務所に一任していたところ、〈2〉同事務所では右松井税理士の長男で事務員である松井道人が担当者であったが、同人は、被告人堀口に対し、被告会社の昭和五四年六月期の所得金額が約三億五、〇〇〇万円であったのに誤った計算をして所得金額が約七億円で税額はその六〇ないし七〇パーセントである旨報告したものであり、〈3〉右報告を受けた被告人堀口は被告会社の担税能力からみて支払が不可能なので右松井に「何んとかしてくれ」と頼み込んだところ、同人は違法申告を諌めることなく、かえって主導的に違法申告の手引きを行なったものである。〈4〉更に現実の実行行為に関しても、右松井は独自の判断によって期末買掛金及び未払金の水増計上、材料仕入高、外注費、借入金等の架空計上を行なって被告会社印を用いて、被告会社名義を直接表示して法人税確定申告書を作成して所轄税務署に提出し、被告人堀口は単に申告書が完成したことのみを告げられていたに過ぎないのであって、右の各事実は、証人松井弘、同松井道人及び被告人堀口の公判廷における各供述、松井直人、堀口芳江、矢沢久子及び被告人堀口の検察官及び司法警察員に対する各供述調書から容易に認められるものである。

以上を総合すると松井道人は本件事件の発生の端緒に関して重大な責任を負うのみならず、主導的に具体的な犯行計画を立て、かつ実行したものであり、動機の面においても営利的要素が極めて強く、社会的非難可能性の程度及び社会的相当性からの逸脱の程度は被告人堀口に比して飛躍的に大きく同情の余地は全くない。更に、税理士である松井弘が本件に全く関与していないとは考えられない。松井直人が専ら自己の責任と判断においてのみ犯行を行なった旨主張しているのは極めて不自然であって、その意識は正に親分を助けようとする日本やくざ的発想に子分の犠牲の下に他ならない。しかるに、被告会社及び被告人堀口に対してのみ告発がなされて起訴され、他方松井弘及び松井直人に対する告発はもちろん松井弘に対する税理士資格の審査手続すら行なわず、また刑事責任追及の特段の捜査が行なわれていないことは著しく均衡を失して不公正であり、本件訴訟の提起は検察官の裁量を逸脱した違法なものと言わざるをえないのである。この点につき原判決は、「被告人自身に対する捜査が刑訴法にのっとり適性に行なわれ、その思想、信条、社会的身分または門地などを理由に、一般の場合に比べ捜査上不当に不利益に取り扱われたものでないときは、かりに当該被疑事実につき被告人と共犯関係に立つ疑いのある者が、捜査において不当に有利な取扱いを受け、事実上刑事訴追をまぬがれるという事実があったとしても、そのために被告人自身に対する捜査手続が憲法一四条に違反することにはならないと解すべきところ(最高裁昭和五六年六月二六日第二小法廷判決、刑集三五巻四号四二六頁参照)、本件訴訟記録を精査しても、本件捜査の過程において、被告会社ないし被告人堀口が、その思想、信条、社会的身分、門地などを理由に、一般の場合と比較して不当に不利益に取り扱われた形跡は認められないうえ、本件公訴提起が検察官の裁量権を逸脱したという疑念を容れる余地も認められないから、刑訴法三三八条四号による公訴の棄却をしなかった原判決の措置は当然であって、所論は到底採用することができない」と判示する。日夜生起するおびただしい数にのぼる刑事事件の処理が厳密に平等に処理されることは刑事司法の理想であっても現実には不可能であることは確かではあるが、しかし、だからと言って単に当該被告人と同様の犯罪を犯した「一般的犯罪者」なる者を空想のうえ、当該被告人とその処理を比較し、公平を論じるのみでは、刑事司法の公正は十分に保ちえない。少なくとも、当該被告人に対する刑事司法手続が公正、平等に行なわれた(あるいは公正・平等であるとの外観を呈する)というためには当該被告人と密接な関係に有る共犯者に対する司法手続の妥当生をも考慮せねばならないことは、常識的経験則に照らした法解釈としてもむしろ当然と言うべきである(なお、ひとたび共犯者の一部に対し、警察が不当に有利な取扱いをして公訴提起を不能ならしめた以上、検察官は、その余の共犯者のすべてについて公訴提起することができないこととなり、同様の罪を犯して正当に起訴されている多くの一般の犯罪者と比較し当該事件の関係者全体を不当に利益に扱う結果となってかえって不正義を拡大することになる。との一部の見解は、刑事司法手続によって被告人が特に有利に扱われることがあっても、特に不利に扱われてはならないという人権保障の要請を忘れた必罰主義に依るものであって、その不当性は明白である)。

第二点原判決が第一審判決の量刑を相当としたのは不当である。

一、 第一審判決の刑の量刑は甚しく不当であって、原判決も著しく正義に反するので刑事訴訟法四一一条二号に基づいて、その破棄を述べる。

二、 第一審判決は、被告人堀口を懲役一年六ケ月(但、三年間の執行猶予)、被告会社を罰金二、二〇〇万円(脱額の約二五%に相当)に処しているが第一点で述べた諸事情を考慮し、被告人堀口が公判廷において供述する通り被告人堀口には反省の情が顕著であって、第一審判決の言渡後には適正な申告を行なって国民の義務を果たしていること、本件の犯行も松井弘税務会計事務所の強いそそのかしに因るものであって、企業を防衛し、従業員の生活を守るという緊急非難的な動機をも検討すると、その量刑は正義に照らしても重きに失するものである。

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